友人が書いた小説に、興味を惹かれる理由

友人が書いた小説に、興味を惹かれる理由

 

友人のブログが更新されていたのでのぞいてみると、小説作品が載っていた。彼の小説は以前にも読んだことがあって「久々に新しいのが来た!」と思って、わくわく開いた。

短編の一節ということで、すぐに読み終えることができた。未完ということもあり、感想についてはここでは省略するけれど、僕はこんな感じで身近な人が書いた小説に非常に興味をそそられる。

学生時代、創作関係のサークルに所属していたこともあり、身の回りには音楽をやったり絵を描いたり、様々な芸術活動を行う人たちがいた。僕が今このようなブログを書いているのも、当時の活動を通しての出会いがきっかけになっている。

「小説を書いている」というのは、打ち明けるのになかなか勇気がいることだと思う。

僕の偏見だとは思うけれど、例えば音楽をやっていて「バンドやってます」「DTMが趣味です」なんて言われると、言葉的にもおしゃれな感じがして、活動的な人のように思われるのではないか。

実際僕も音楽をやっていたことはあるけれど、ギターも大して弾かなかったし、スタジオに入ったりライブを行ったこともない。では何をやっていたのかと言うと、パソコン上でDAWソフト(音楽制作ソフト)をいじいじし、曲ができあがったらネットにアップしたり、CD-Rに焼いてジャケットを印刷してイベントで売ったりしていた。

今の時代、DAWソフトを使わない音楽エンジニアはいないだろうし、bandcampやSoundCloudなどプロとアマの垣根を超えるようなサービスも多くある。

つまり、僕のやっていたことも一つの音楽活動には違いないのだけれど、パソコンに一日中かじりついているという点ではネットサーファーと違いはない。それにも関わらず、僕みたいなのでも「音楽をやっている(やっていた)」というと、なんとなく明るく社交的な感じに思われてしまったりするから、音楽に対するイメージにはそういう認識が少なからずあるのだと思う。

「絵を描いている」というのも、世間的にはなにやら高尚な印象があるのではないか。

一口に絵と言っても、写実画、現代アート的な抽象画、漫画チックなキャラクターイラスト、などあらゆる種類がある。そのため浮かぶイメージは聞いた人によって様々だろう。ピカソだったり手塚治虫だったり、村上隆や小畑健かもしれない。

しかし、絵筆を握ってキャンバスに向かう、ペンを手に漫画原稿を描き続ける、という場面は想像しやすく、ひたむきで情熱的な印象をもたらすのではないか。

では「小説を書いている」というのはどうだろう。

これは僕にはまったく想像がつかない。またまた勝手な偏見ではあるけれど、窓もない四畳半の片隅で小さな机の上に原稿を広げ「あ~書けない!!」なんて原稿をくしゃくしゃに丸めながら、ぼさぼさの頭をかきむしる。そんな「小説家像」というのが、根付いている人も多いのではないか。

明治・大正期から時間が止まっているんじゃないか? と思われてしまいそうだけれど、ある作家さんが「作家に対する世間のイメージ」という話で似たようなことを言っていたので、それほどかけ離れてはいないと思う。

ではその実際の所はどうなのか。現在では、ほとんどの作家がパソコン上で執筆を行っている。作家歴がうん十年にもなるようなハードボイルドやミステリー作家の中には、手書きで原稿を提出する人もいるが、かなり少数派だ。

編集作業がデジタルだから、原稿もあらかじめデジタルで作っといた方がスムーズ、というのもあるけれどやはりパソコンの便利さゆえだろう。あえてデメリットを上げるとしたら、電源が必要、持ち運ぶには重たい。という程度のものだ。

最近ではマックブックを使う作家も多いそうで、カフェをはしごしながら執筆を行う、なんて人もいるらしい。こうやって聞くと、小説家の狂気じみた印象からはだいぶ遠ざかる。むしろ颯爽としたノマドワーカーって感じだ。

あれこれ書いたけれど、冒頭に言った「小説を書いている」と打ち明けるのに勇気がいる。というのは、前述した小説家のイメージがあるからではない。小説というのは、他のどんな作品よりも自分の内面が現れるものだと感じているからだ。

私小説なんてまさに書き手そのものだし、僕自身、物語やキャラクターを作るうえで自分がにじみ出てしまう実感がある。

時おり、著者像を一切浮かび上がらせない小説を読むこともあるが、そういう作品は技術は高いが、個性がないと感じてしまう。小説には新しい世界を見せるような個性が必要だと思っているから、内面をさらけ出すことは魅力的な作品に不可欠なのだ。

だからこそ、僕は身近な人が書いた小説に興味を惹かれる。作品を読んで「この人でないと書けない作品だ」と納得することもあれば、「こんな世界を内に秘めていたのか!」と驚愕することもある。小説には、書き手の心の中を地図にして見せるような、そんな魅力があるのだ。

普通は作品を読んでいくうちに、作家自身にも興味が湧いてくるものだと思う。しかし身近な人の作品を読むという事はそれとは全く逆のことで、こんな楽しみ方を知られたのは、なにより様々な人と活動を続けてこられたからに違いない。

 

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