身近な人とケンカしそうになったら、まずは一緒にやってみる

身近な人とケンカしそうになったら、まずは一緒にやってみる

 

交際相手と同棲したり、シェアハウスに入居したり、誰かと同じ屋根の下で暮らすことになった時、家事や炊事などの役割は好みに合わせて分担するのがいいらしい。人それぞれ得手不得手があり、負担の感じ方だって違うわけだから、理にかなっていると思う。

しかし特に役割は決めず、気づいたほうがやる。というのも一つの手だそうだ。かつて友人たち3人がシェアハウスをしていて、何度か遊びに行ったことがあったが、掃除や洗濯などをトラブルなく片付けていくには、あえて分担を割り振らないのが秘訣だという。

確かに役割をはっきり決めてしまう方が、トラブルを招きやすくなる気がする。例えば「洗濯物が溜まっているけれど、体調がすぐれないから今日はちょっと早く寝させてもらおう」なんて時、通常であればもう一方が片付けてしまえばいい。

だが分担をしているがために、「あいつサボりやがって~」と不満の気持ちが生まれて、結局誰も手を付けない。こうして不満が積もり積もって、ケンカに発展したりするのではないか。だから他人任せの怠け者ではなく、信頼できる人と生活を共にするのなら、あえて役割分担を行わないのも手だと思う。

しかし特に夫婦や同棲カップルにおいて「家のことをやってくれない。自分ばかり押し付けられている」、という不満話はよく耳にする。男女の共同生活において、役割分担というのが深く根付いてしまっているせいだろう。ただ相手が怠け者なだけかもしれないけれど。

そういった「やってくれない」トラブル以外にも深刻なのが、「やめてほしい」というトラブルだ。くだらない(自分からはそう見える)物事にお金を使ったり、場所ばかり取るコレクション集めだったり、ちょっとした食後の習慣だったり……。

上げればきりがないだろうが、こんなことに悩まされた時、解決方法の選択肢として僕は「まずは一緒にやってみる」というのをおすすめする。否定から入ってしまうと、我慢が溜まっているがゆえにどうしても詰問するような、あるいは頭ごなしに叱りつけるような口調になってしまう。

すると相手は真っ向から反対されたように感じてしまい、反発心を招いて余計に事が悪化したり、意地になったりする。自分には理解できない行動や意味不明なこだわりも、相手にとっては大事な信念や生活の一部だったりする。だから声を荒げてしまう前に、まずは一緒にやってみて、むしろ楽しんでしまうくらい共感した後に、自分の意見を伝えるのがいいのではないか。

例えば食器洗いをサボりがちなのを指摘したければ、片付けてしまった後に「洗い物って気がついたら溜まってるよね~。まな板とかフライパンがあると、一気にハードルが高くなるし。それとシンク汚かったけど、酢を使ったらめっちゃ綺麗になったよ」なんて、自分がやったことをさり気なく伝えつつ、共感を呼ぶような話題を付け加えればいい。

以前ネットで耳にした話で「奥さんが服を買うのがやめられなくなって、着るわけでもないのに大量に購入してしまう。もったいないし、お金もかかって仕方がない」というのがあった。旦那さんが呆れて叱りつけているうちは円満な解決は難しいだろう。

こんな時にも、口を尖らせるより先にするべきは共感だ。奥さんが服を買いたくて仕方がないのなら、一緒に服屋さんを巡って奥さんの趣味を伺いつつ、ついでに自分のぶんも一緒に買いまくってしまえばいい。

お互いにコーディネートを考えたり、似合うとか似合わないとか意見を言い合ったり。そうして買った服を身にまとい、お出かけしたり記念写真を撮って部屋に飾ったり、インスタグラムのアカウントを作ってお洒落な奥さんの写真を載せていくのだって面白いかもしれない。

余って着なくなった服があれば、一緒に値段を考えてメルカリに出品したり、否定しなくたってできることは沢山ある。こんな風に一通り楽しんでしまった後ならば、不満ばかりこぼしていた今までとは、全く違う言葉が出て来るのではないか。

「服とかあんまり興味なかったけれど、ファッションを考えるってこんなに楽しいことだったのね。また来週、一緒に見に行こうよ」なんて言えば、奥さんの散財癖だって落ち着くように思う。

物を買いまくったり、お金を使いまくったり。そういった行動はそれ自体が目的ではなく、心の空白を埋めるような偽りの欲求なのだと思う。そしてそれを軽く凌駕してしまうくらい強力なもの、それが「共感」なのだと僕は考える。

 

 

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