これから夏が訪れる|01

これから夏が訪れる|01

担任の話しは今日も相変わらず長くて、私は授業中と同じように、机に突っ伏したまま特に変わることもない外の景色を眺めていた。外は蝉の声が割れるように響き渡っていて、灼熱の日差しがグラウンドを焼いている。全開の窓からそよそよと風が吹き、病室を思わせる白いカーテンがゆったりと揺れていた。

廊下からは既に帰りの会を終えた生徒たちの騒がしい声が流れてくる。まったくどうしてうちの担任はこんなに話が長いのかと、このクラスの生徒達はみんなが思っているはずだ。クラスに友達と言える人なんてほとんどいないし、群れてばかりいるような人達は近寄りがたくて苦手だけど、今だけは同じ気持ちを共有しているに違いない。

こうして机に顔を押し当てているのは、眠いからという訳じゃない。みんなと違う所を見ていると、それだけで落ち着くんだ。先生の声も、廊下の雑踏も、蝉の鳴き声も、全部がどこか遠くの出来事のように感じて、そんなもの何も気にする必要なんかないって、要はどうでもよく思えて来るから。
「起立!」
急に立ち上がったせいで足元がふらついて、思わず机に手を付いた。ぴしゃりと背中を打ち付けるような委員長の声が、気怠い教室の空気を一掃する。
「礼!」

教室がいっぺんに騒がしさに包まれる。乱暴に椅子を動かす音、無遠慮に響き渡る笑い声、昼休みにも増して教室が一番うるさくなる時間だ。
私は頭だけで礼の動作を終えると、先ほどと同じ姿勢で再び机に突っ伏した。私はこの金物屋をひっくり返したようなやかましい時間が苦手だった。

担任の話しさえ短ければ、礼をした瞬間にさっさと帰ってしまうのだが、今の時間は既に廊下から下駄箱まで生徒達でごったがえしている。人混みをかき分けるのも嫌だし、一人で帰っている所を見られるのも嫌な私は、いつもこうして机に伏して、静かになるのを待ってから教室を出ていた。

校庭から野球部の掛け声が聞こえてくる。教室の中は、先ほどの喧騒が嘘のように静まり返り、校舎の中に残っている者は既にほとんどいなさそうだった。
「帰るか」
私はため息交じりに呟いて、窓を閉めるために立ち上がろうとした。するとその時、突如教室の扉が開き、一人の男子生徒が姿を現した。
「あれ、まだいたんだ」

男子生徒はそう言うと、男にしては長めの髪を揺らしながら、私の方に真っ直ぐに歩み寄ってきた。
私は混乱した。教室にやってきたのは隣のクラスのスダチヨシオだった。スダチくんのことは噂では耳にしたことがあり、名前だけは知っていた。しかし話したこともないし、そもそも学校で見かけたことすらほとんどない。なんでもかなりの変人らしいが、その彼が一体私に何の用があるというのだろう。

「これ、君のだろう?」
スダチくんはカバンから、ポータブルカセットプレーヤーを取り出した。
それを見た私は、思わず声を上げそうになった。それは、一か月前に授業中に聞いているのがばれて、先生に取り上げられたものだった。
返して欲しければ放課後に職員室に来いと言われていたが、行かないで放っておいたのだ。自分でも半ばあきらめていたのに……。

「え、どうして?」
「職員室に呼び出されたら、先生の机の上にこれを見かけてさ。前に君、廊下で取り上げられていたろ。それ見てたんだ」
私は顔が熱くなった。あれは授業の後で廊下に連れてこられた時だ。一か月も前のことなのに、先生に叱られている時の恥ずかしさと情けなさが鮮烈に蘇ってくる。

「でも、どうして先生はあなたに渡したの?」
「プレーヤーが僕の物で、君に貸していたことにしたんだ。先生には随分呆れられたけどね」
「そうだったんだ……あの」
「え?」

「テープ、聞いたりした?」
「聞いてないよ。それじゃ、僕は帰るね」
スダチくんはそう言うとさっさと帰ってしまった。扉がゆっくりと閉じ、足音が遠ざかり、窓から風が吹き込んでカーテンに頬を撫でられるまで、私は呆けたように茫然とその場に立ち尽くしていた。
窓を閉めなければと我に返った時、私はあることを思い出した。
「お礼言うの忘れた」

#

翌日、私は弁当とカップケーキが入った包みを膝に抱えながら、四時間目の授業が終わるのを待っていた。
カップケーキは昨日の帰りに商店街の洋菓子店で買ったものだった。なんとなく手ぶらではいけないような気がして持ってきてしまったが、スダチくんが甘い物を好きなのかは分からない。

雲一つない快晴の日が続いている。夏は嫌いではないが、うだるような熱気と汗をかくことが私は嫌いだった。朝にシャワーを浴びても、学校につく頃にはすっかり汗まみれだし、体力のない私は登校するだけで毎日くたくただ。
こう暑い日が続くと、冬の寒さが恋しくなる。しかしそれは冬にも同じことで、寒い日が続くと厳しい暑さのことも忘れて、ひたすら夏が早く来ないかなぁ、なんて思ったりもする。暑いのも寒いのも得意でなく、かといって春や秋の心地よさは眠くなる。

結局私は地球環境に適していない人間なんじゃないか。そんなくだらないことを考えていると、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。先生がチョークを置き、教科書を畳むと委員長の号令と共に昼休みに入った。

私は購買へ向かう生徒達の波が落ち着くのを見計らい、隣のクラスへ向かった。
廊下にはほとんど人がおらず、窓から入った風が寂しげに通り抜けている。なんとなくクラスの中に入るのが躊躇われ、空きっぱなしになっているドアの外から私はスダチくんの姿を探した。

髪が長いから目立ちそうな気もするが、教室に残っている生徒達の中にその姿はなかった。購買に行っているのかもしれない……。しかし私はすぐにその考えを打ち消した。昨日ほんの少し話しただけだが、スダチくんが人混みに混じってパンを買い求めている、というのは何か違和感があった。
見落としのないように再び教室の中を見渡していると、突然肩を叩かれた。驚いたのを隠すようにあえてゆっくりと振り返ると、そこには中学からの同級生、ノリコの姿があった。

「ミサコどうしたの? 誰か探しているの?」
ノリコの後ろにはいつも彼女とつるんでいる三人の生徒がいた。皆パーマをかけてルーズソックスを履いた不良たちだ。ノリコが私に話しかけたことが意外なのか、訝しむような空気が漂っている。
私は彼女らに聞こえないように静かな声で言った。

「スダチくんのことを探しているの。先生にプリント渡してくれって言われて」
「じゃあ私がやっとくよ。貸して」
「ううん、すぐに渡さないといけないから。だから、どこにいるか分かる?」
「あいつのことだからたぶん今日も屋上じゃないかな」

「屋上……」
「あいつちょっと危ないから、私も一緒に……」
「あ、ノリコちゃんありがとう。それじゃ私行くね」
私は逃げるようにその場から去った。
ノリコは声が大きいうえによく通るから、私が小声で話したのもほとんど無意味だった。私はノリコのこの手のおせっかいが、高校に入ってからずっと苦手だった。

つづく

 

小説連載カテゴリの最新記事