これから夏が訪れる|04

これから夏が訪れる|04

それから私たちは、毎日お昼休みに屋上で一緒にご飯を食べるようになった。スダチくんからすれば、いつもの日課の中に突然私が現れた、ということになるけれど、迷惑がられている様子もないのであまり気にしなかった。
屋上で過ごす時間はわずかだけれど、教室に居場所がなく、代わり映えのない毎日を繰り返すだけだった学校生活は、私の中で少しずつ変化していった。

スダチくんは、今まで会ってきた誰にも似ていない人だ。二人きりでいても余計な気を使うこともないし、まるでずっと昔から知っていたように感じる時さえある。ふわふわとして掴みどころがない時もあるけれど、群れて騒いでばかりいる奴らより、ちゃんと自分を持っているから一人でも平気なのだろう。

二時間目が終わって休憩に入った直後、教室のドアが勢いよく開くと、どかどかとノリコがやって来た。ノリコは私の机に手を着くと、血相を変えて一気にまくしたてた。
「ねぇミサコ。最近あんたスダチと屋上に行ってるって本当? なんか噂になってるんだけど」
「うん。そうだけど」
「やめなよあんな奴と関わるの! あいつ本当に頭いっちゃってるんだから。このままだと、あんたまで変な誤解されちゃうよ!」
「スダチくんは普通の人だよ。それに、別に変な気持ちがあって一緒にいる訳じゃないし……」

「それあいつのこと全然分かってないよ。あいつがなんで何時も屋上にいるか知ってる? ユーフォーを見つけるんだってさ。本気で言ってんだよ、UFO観測会とか言う部活まで立ち上げようとして」
「分かってないのはノリコちゃんの方だよ」
口を開くと同時にチャイムが鳴った。ノリコはその後もあれこれ喚いていたが、先生が入ってくると流石に諦め、渋々と教室を出て行った。
私はほっと胸をなでおろし、四時間目が終わったらすぐに屋上に行こうと決めた。

屋上に入ると、床にモップをかけているスダチくんの姿が目に入った。今更掃除なんてしてどうするつもりだろう。私はスダチくんの背中に向かって声をかけた。
「何してるの?」
「今日はね、ちょっと特別なんだ。もしよかったらハヤシさんにも手伝ってもらいたいんだけど、大丈夫?」
「私もモップがけをすればいいの?」
「いや、掃除が終わってからお願いしたいんだ。こっちはもう少し時間がかかるから、先にご飯食べててよ」

私はフェンス脇に腰を下ろすと、スダチくんを見つめながら一人で弁当を開けた。
スダチくんは水の入ったバケツにモップを浸しながら、屋上の真ん中の辺りを、円を描くように磨いている。太陽の光を反射しててらてらと輝いているが、こう濡れてしまっては寝転がることもできないだろう。屋上に立ち入るのは私たちくらいだし、いくら綺麗にした所ですぐに雨風に汚されてしまう。
私はいくつもの疑問符を思い浮かべたまま、せっせと掃除に励むスダチくんを眺め続けた。

「……このくらいでいいかな。はぁ疲れた」
スダチくんはモップとバケツを用具入れに片づけると、伸びをしながら深呼吸をした。スダチくんは私の隣に来ると、弁当箱を片づけるのを待ってから口を開いた。
「この間、テープを聞かせてくれたでしょ。だから僕も、秘密にしていることを一つ教えようと思って」
「秘密?」
「うん。僕はね、ずっと前からUFOを探しているんだ。それで、近いうちにこの場所に、彼らを呼び寄せようと思っている」
脳裏に、血相を変えてまくしたてるノリコの顔が浮かんだ。

「ハヤシさんは、UFOって知ってる?」
「ユーフォーってあの、空を飛ぶ円盤みたいな乗り物のこと?」
「そうだね。厳密には、飛行事実以外の情報が不明である、未確認飛行物体のことをUFOと呼ぶんだ。僕はその中でも、異星人と関わりの深いUFOとの接触を目指している」
「……そのために、掃除をしていたの?」
「そう。彼らを呼ぶには、より鮮明に僕たちの意思を空に発信しないといけない。だからまず、場を綺麗にすることが大事なんだ」

スダチくんはカバンの中からカメラを取り出した。ごつごつとしていて、見るからに重たそうなカメラだった。
私はスダチくんの話に完全に置いてきぼりで、今にも混乱してしまいそうだった。UFOを呼び寄せる? 意思を発信? 掃除が大事? 一体何がどう繋がるのか、まったく訳が分からない。
「それは、スダチくんのカメラ?」
「父さんのなんだ。勝手に持って来たから見つかったらまずいんだけど、どうしても写真に収めたくて」

スダチくんはカメラにレンズを取り付けると、首から下げて「それじゃあ始めよう」と手を招いた。
手伝うと言った覚えはないが、スダチくんがあまりに自然に言うので、私は考える間もなく従ってしまう。
私たちは屋上の中央、さっきまでスダチくんが掃除をしていた辺りに行くと、一メートルほどの距離をあけて、向かい合うように立った。濡れていた地面は、もうほとんど乾いている。風が弱くなり、じりじりとした日差しを額に感じた。

「まずは気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと息をして」
私は目をつむると、両手を重ねるように胸に当てた。落ち着けと言われてもどうすればいいか分からないし、真面目に深呼吸をするのも恥ずかしかったから、姿だけでもそう見えるようにした。
「どう? 気分は」
「……うん。落ち着いてきたんじゃないかな」
「それじゃあ僕がこれから言う言葉を、同じように繰り返してくれるかな。目をつむったまま、ゆっくりでいいから」
「分かった」
「Ю★∥◆уДШя▽И●З¶……」

私は耳を疑った。それは、今まで聞いたこともないような奇妙な言葉だった。お坊さんがあげる経のような独特のリズムがあるが、とても意味を持った言葉だとは思えない。私は目を開けた。
「今、なんて言ったの?」
「言葉の意味かい? それは気にしなくても大丈夫。空や宇宙のイメージを膨らませながら、僕に続いてくれればいいよ」
「……普通に日本語で言うんじゃだめなの?」
「これは異星人と古くから親交があると言われている、ある山岳民族の言語なんだ。彼らの力をどうしても借りたいんだ」

私は小学校高学年の頃に突如訪れた、オカルトブームを思い出した。当時テレビでは、心霊現象やUFOの目撃談などを特集した番組が毎日のようにやっていて、書店には超能力や未確認生物などを扱ったトンデモ本が溢れていた。インチキが幅を利かせて、無茶をするほど多くの熱狂を集めた、短い時代。
私は手をかえ品をかえ話題を出し続けるテレビや、それらに飽きもせずに熱中する人々が嫌いではなかったが、まさか今頃になって自分が当事者になるとは思いもしなかった。

「よく分からないけど、やってみる。もう一度最初からお願い」
「うん。それじゃあいくよ」
私たちは同時に目を閉じた。
「Ю★∥◆уДШя▽И●З¶……」
「Ю★∥◆уДШя▽И●З¶……」

スダチくんは、先ほどよりゆっくりと言った。そのおかげで、私もなんとか発音を汲み取り、似たような感じで繰り返すことができた。意味不明なセリフは適当な長さで何度か続き、私は熱さも忘れて後に続いた。
「もういいよ。目を開けて」
太陽を遮りながら薄く目を開けると、スダチくんが眩しそうに空を眺めていた。

「はぁ。今日は風が弱いから暑いね」
「……もう終わったの?」
「うん。後は彼らが現れてくれるのを待つだけ。こればっかりはその時々の運だね」
平然としているスダチくんを見ると、私はなんだか拍子抜けしてしまった。UFOを呼ぶなんて言うから、もっと想像もつかないことをするんじゃないかと身構えていたのに、たったこれだけで終わってしまうなんて。

これでもしもUFOが現れなかったら、私のせいだとスダチくんが気を悪くしてしまうんじゃないか。私はハンカチを取り出すと、額を拭いながらそんなことを心配した。
「あっ、ハヤシさん! あっちあっち!」
突然、スダチくんが空に向かって指をさした。スダチくんの大きな声を聞いたのは初めてで、私は驚いてしまう。
「えっ、なに? どうしたの?」
「UFOだよ! やっぱり二人でやったのがよかったんだ!」

スダチくんは興奮した様子でカメラを構えると、空に向かって何度もシャッターを切った。
私はカメラの向いた先を目で追ったが、飛行物体のようなものは何も見えず、スダチくんが何をもってUFOと言っているのか、まったく分からなかった。
戸惑う私をよそにスダチくんは次々と写真を撮り続ける。シャッター音とスダチ君の歓声だけが屋上に響き渡っている。

「よし、ばっちり撮れた。久しぶりなのにこんなにうまくいくなんて」
スダチくんは写真を撮り終えると、カメラを大事そうに抱えながら笑顔を浮かべた。私は最後までUFOを見ることができなかったが、スダチくんの嬉しそうな顔を見ていると、協力した甲斐があった気がして、気持ちがとっぷりと明るくなった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「もうこんな時間だ。それじゃあハヤシさん、僕は今日はもう早退するから」
「帰っちゃうの?」
「うん。すぐに現像したいんだ。近くの写真屋さん、閉まるのが早いから」
スダチくんは待ちきれない、といった様子で足踏みしながら言うと、風のように屋上から去って行った。
教室に戻って席に着くと、窓から大急ぎで校庭を横切るスダチくんの姿が見えて、私は一人で笑いそうになってしまった。

つづく

 

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