これから夏が訪れる|05

これから夏が訪れる|05

次の日は珍しく四時間目の授業が早く終わり、私はすぐに屋上に上がった。スダチくんはまだ来ていなくて、一人でいると、見慣れたはずの屋上の風景がまるで別物のように新鮮に感じた。
私は職員室から見えないように注意しながら、フェンスの近くから校庭を見おろした。麦わら帽を被った庭師のおじさんが、脚立を持ちながら樹木の間を移動している。体育の授業を終えたと思しき生徒たちが、ボールを蹴りながら校舎に戻っている。

私は体育が苦手だった。突き刺すような日差しが照りつけるなか、外で走り回るなんて考えただけでも目が回りそうだし、なによりチームを組んで競技を行うことが、私にとっては苦痛でしかなかった。だから私は体育のほとんどの時間を、校庭の隅っこの木陰で過ごしていた。体調が悪いと言えば追求されることはなかったし、単位に関係する所だけ出席していれば、何も言わないような先生だった。
どんよりとした気持ちに支配されそうになった私は、フェンスから離れるといつもの場所に座ってご飯を食べ始めた。

米もおかずも、水気が飛んでちょっとぱさぱさしているくらいが好きだった。高校に入ってからしばらくの間は、お母さんに弁当を作ってもらっていた。早朝からパートに出るため急いで作るせいか、お母さんの弁当はいつも水っぽくて崩れていた。それでも、おかずは一品一品手作りだった。私みたいに全て冷凍食品で済ます、なんてことは一度もなくて、手間がかけられた弁当だった。
すっかり味に飽きてしまった冷凍食品のおかずを、口に運びながらそんなことを考えていると、扉からスダチくんが姿を現した。スダチくんは私を見つけると、一瞬だけ目を見開いて「早いね」と言った。

「うん。授業が終わってすぐに来たから」
「そっか。それでね、今日は見てほしいものがあるんだ」
「見てほしいもの?」
「昨日撮った写真。早速現像して持ってきたんだ」
「もうできたの?」

「うん。おじさんにお願いして急いでもらって……」
スダチくんはカバンをごそごそ言わせながら、一枚の写真を取り出した。大きさはノートくらいあるだろうか。スダチくんは真ん中の辺りを指差しながら、私の前に差し出した。
「分かるかい? ここに見えるのが異星人のUFOさ。おじさんたら、最初なにも映っていないなんて言うんだ。だからいっぱいまで引き伸ばしてもらったんだよ」

おじさんとは、写真屋の店主のことらしかった。
写真は雲一つない空が一面に映っていて、鮮やかで綺麗ではあるけれど、ただの青いカードのようにしか見えなかった。しかしスダチくんが示す箇所には、たしかに小さな影のような物が見える。
「……これが、UFOなの? 何かの影のようにも見えるけど」
「間違いないよ。ハヤシさんは動いている姿を見ていないから、分かりづらいかもしれないけど、明らかに人間の作ったものじゃない」

私は顔を近づけて写真を凝視した。最初は小さな虫、もしくはゴミのようだと思ったけれど、見ようによっては、灰皿をひっくり返したような、奇妙な形の飛行物体に見えなくもないんじゃないか。
「これが撮れたのも、ハヤシさんが一緒にメッセージを飛ばしてくれたおかげだよ。ありがとう」

スダチくんはそう言って笑った。私は相変わらず話についていけなくて、UFOが本物かどうかも分からなかったけれど、スダチくんが喜んでくれれば、それだけでいいような気がした。
私はその時あることが気になった。スダチくんは以前「UFOとの接触を目指している」と言っていた。つまり写真を撮ることはその前段階でしかないはずで、その先の目的があるはずだった。スダチくんは一体、何をしようとしているのだろう。

「スダチくんはUFOに会いたいの?」
「そう。彼らを呼び寄せて、交渉しようと思っているんだ」
「交渉って、どんなことを?」
「連れて行ってもらうんだ。彼らの星に」
冗談を言っているようには見えなかった。さっきまでの笑顔が消えていたからだ。

「そんな……もしそんなことになったら、もう二度と戻ってこれないかもしれないじゃない。それに異星人の星なんて、どんな所か想像もつかないよ。もしも危ない所だったらどうするの?」
「それでもいいんだ。なんというか僕たちがいるこの世界は……」
スダチくんがつばを飲み込む。喉の動きに合わせて、ごくりという音が聞こえてくるような気がした。
「……色々と複雑で、難しいことばかりだから……。僕のこと、みんな変て言ってるだろう」

いつものスダチくんからは想像もできないような力ない声だった。スダチくんは写真をカバンにしまうと、視線をそらすようにフェンスの向こう――旧校舎を眺めた。窓ガラスには、席を囲んで談笑にふける生徒たちの姿が映っている。
胸の辺りが、大きな石を置かれたようにずっしりと重たくなるのを感じた。息苦しくなるのを紛らわすように、私は口を開いた。
「私はそんなこと気にしないよ」
スダチくんは旧校舎を見つめたまま、言葉を忘れたように口を閉じていた。首もとまで伸びた髪だけが、遠慮がちに風に揺らめいていた。

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それから私たちは、定期的に屋上で異星人にメッセージを飛ばす儀式を行った。UFOが現れる(スダチくんが発見する)のは大体二回に一回ほどで、スダチくんいわく徐々にその確率が上がっているということだった。スダチくんがカメラを持ってきたのは、最初の一回だけだった。なんでも、勝手にお父さんの部屋から持ち出したことがばれてしまい、酷く怒られたそうだ。

私はUFOや異星人の存在に関しては半信半疑のままだった。オカルトブームの時でさえ、そういった怪しげな物事にはほとんど関心がなかったし、誰かがいると言えばいるような気もするし、よくよく考えるとやっぱりいないような気もする、という程度の興味しかなかった。

だからスダチくんが「異星人が徐々に接近している。近いうちに彼らと接触があるかもしれない」と言っても大して気にも留めず、ただ一緒にいられる時間を楽しんでいるばかりだった。
そうしている間にも時は過ぎ、暑さは日に日に増していく。教室では夏休みにどこに行く、何をする、といった話題が毎日のように聞こえるようになり、学校中が夏休みムードへと変わっていくのを感じた。

つづく

 

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