これから夏が訪れる|06

これから夏が訪れる|06

金曜日、私は学校から帰ると夜遅くまでテレビを見ていた。次の日は両親が朝早くから出かける予定だったから、遅くまで寝ていても起こされはしないと安心していたのだ。見たい番組があったという訳じゃない。ただ早く寝てしまうのがもったいない気がして、適当に番組を流していただけだった。
ニュースが終わり、歌番組のオープニングが流れ始める。様々な年齢の歌手が次々と画面に映っていくが、誰一人名前を知らなかった。

やがて瞼が重くなり、私は布団の上に倒れるように横になる。テレビを消して枕に顔を埋めると、暗闇の中にスダチくんの姿が浮かんだ。スダチくんは家ではどんな生活を送っているのだろう。部屋にはやはり、オカルト本や怪しげなグッズが並んでいるのだろうか。「小さい弟がいる」と言っていたけれど、休みの日は面倒を見てあげたりするのだろうか。写真が好きだというお父さん。家族とはいつも、どんな会話をしているのだろう……。
私は明かりを消すのも忘れて、いつの間にか眠りに落ちていた。

早朝。私は電話のベルで起こされた。
ふら付く足取りで居間に下りて受話器を取ると、相手はスダチくんだった。クラス名簿で番号を調べたらしい。私は目をこすり、欠伸をかみ殺しながら口を開く。
「どうしたの? こんなに朝早く……」
「ご、ごめん! 実はあの、ついさっき家から不思議な光を見たんだ! たぶん、田んぼの方だと思うんだけど……」

スダチくんは受話器にかじりつくような勢いでまくしたてた。まだ覚めきっていないぼんやりとした頭に、スダチくんの声ががんがん響く。私は受話器から耳を遠ざけた。
「スダチくん……私まだ眠いんだけど」
「ハヤシさん、お願いだよ。一緒に見に行ってほしいんだ!」

私は唸るように息を漏らしながら、頭を掻いた。明かりを点けたまま寝てしまったせいか、体がだるくあまり寝た気がしない。今から外に出るのはしんどいけれど、電話の向こうで悲しい顔を浮かべるスダチくんを想うと、私はどうしても断ることができなかった。
「……分かった。でもこんな時間に電話をかけてくるのは、これっきりにしてね」

「本当にごめん! こんなことはもうしないよ」
「それで、どこに行けばいいの? スダチくんちって学校の近くだっけ?」
スダチくんの家は、通学路から少しそれた場所にあり、自転車で向かえばそれほど時間はかからなそうだった。
私は顔を洗って上着を羽織ると、サンダルを履いて外に駆け出した。

遠くの方から、幽かに鳥の鳴き声が聞こえる。昼間の喧騒は息を潜め、まだ薄暗い道を、自転車の発電式ライトの音だけが駆け抜けて行く。
涼しい風に吹かれながら、私はいつの間にか眠気を忘れていた。起きたばかりのいらついた気持ちが薄れ、頭の中のもやもやを、澄んだ空気に洗われるようだった。

住宅街を抜けて、田畑が並ぶ見晴らしのいい土地に出る。登下校で通る道だが、車が一台も見当たらないため、悠々と道路の真ん中を走った。やがて道の脇に、田んぼに囲まれた一軒の家が見えてきた。生垣に囲まれているため中の様子までは分からないが、かなり大きそうな家だった。
門のところに人影が見える。じっと眺めていると、あっちも私の姿に気づいたらしく、手を上げて大きく左右に振りだした。

「早かったね!」
スダチくんは寝巻き姿に頭もぼさぼさで、いかにも寝起きという感じだったけれど、足元だけは丈夫そうな長靴を履いていた。
「通学路の近くだから驚いたよ。スダチくんちって大きいんだね」
「そうなんだ。意外と会わないものだね。それで、朝出現したUFOのことなんだけど……」
「え、UFOを見たの?」

「いや、まだ確定じゃないんだ。僕は謎の光を見ただけなんだけど……」
「うん。それは部屋の中から見えたの?」
「そうなんだ。今から二時間くらい前のことなんだけど、窓から強い光が入ってきて、それで目が覚めたんだ。光はすぐに消えて――でもその瞬間に、何かが落ちるような音がしたんだ」
「落ちるような音……場所は分かるの?」

「家の裏の方で、たぶんそれほど遠くはないと思う」
「田んぼの中かな」
「何かあるとしたら、たぶんそうだと思う。それじゃあハヤシさん、ついてきて!」
私はスダチくんの後に続き、用水路を越えて田んぼのあぜ道へと入って行った。
「足元、気をつけてね」

ところどころ土がぬかるんでいて、気を抜くと足を取られてしまいそうになる。私はサンダルで来たことをすぐに後悔した。朝露にたわんだ草をかき分けていくと、あっという間に膝下がびっしょりと濡れた。
草になでられてふくらはぎが痒くなる。つま先が泥で真っ黒だ。こんな所に来るのなら、あらかじめちゃんと教えてよ。私は長靴でしっかりと対策しているスダチくんの背中を、恨みがましく見つめた。

「何も見当たらない……。ハヤシさんの方はどう?」
スダチくんは先ほどからしきりに周囲を見回していて、人目を気にしているのかと思っていたけれど、そうではなく落下物を探していたようだ。歩くだけでいっぱいいっぱいの私はとてもそんな余裕はなく、慌てて顔を上げるとそれらしく首を回しながら答えた。

「……こっちも、特に何もなさそう……かな」
「すぐ近くのように聞こえたんだけどな」
広大な田んぼには、青々とした稲が一面に実っている。たとえ何かが落ちているとしても、よほど大きな物でなければ見つけることは難しいのではないか。
スダチくんは今朝、強い光で目を覚ましたと言った。それはつまり、寝ぼけて夢でも見たということではないのか。せっかくの休日の朝、飛び起きてやって来たのに、そんなオチだったとしたらあんまりだ。

ため息をこらえながらつま先についた泥を払っていると、唐突にスダチくんが声を上げた。
「ハヤシさん! あそこ、なんだか窪んでいるように見えない?」
スダチくんが指差す辺りに目を凝らす。すると、絨毯のように平らな田んぼの中に、不自然に潰れているような箇所が見えた。
「本当だ。稲が倒れているのかな?」
「行ってみようか」

スダチくんは何も言わずにずんずか歩いて行く。真剣な様子が背中から伝わってくるようで、いつの間にか雰囲気に呑まれてしまった私は、息を潜めながら後に続いた。
しばらく歩くと、やがて明らかになったその姿に、私たちは悲鳴のような声をあげた。
「ミステリーサークルだ!」
「なにこれ……」

田んぼの真ん中に、巨大な正円ができていた。大きさは直径二十メートルくらいだろうか。何かが落ちてその衝撃で、と言うよりは、その部分だけ稲が作為的に倒されたように見える。辺りを見渡しても同じような窪みはなく、歪みのないはっきりとした円形のため、風に倒されたとも考えにくい。
「これが彼らの力……そして僕に与えられたメッセージ……」
スダチくんはうわ言のように呟くと、あぜ道を降り、ためらいもなく田んぼに足を踏み入れた。灰色の長靴がみるみる泥に沈んでいく。
「危ないよ! スダチくん!」

「ハヤシさんはそこで待ってて。僕は中心まで行ってみる」
慌てて引きとめようとしたが、サンダルで泥の中に入ることはできなかった。
スダチくんは私の心配も構わず、稲をかき分けながら一心に進んでいく。足取りは思いの外しっかりとしているけれど、誰かが来やしないかと、私はひやひやせずにはいられなかった。

やがて円の淵に到達すると、スダチくんはその場に屈んで、折れ曲がった稲を取り上げた。
「見て! ただ倒されたんじゃない。綺麗に曲げられた稲が、編み込まれるように形を作っているんだ!」
遠くからスダチくんが叫ぶ。私は辺りに人がいないのを確認しながら、声を張り上げる。

「よく見えないよ! スダチくん、早く戻ってきた方がいいよ!」
「真ん中まで行ってみる! そしたらすぐに戻るから!」
スダチくんは取り上げた稲をその場に放ると、再び背中を向けた。

誰かに見られでもしたら大変だ。ちょっと入ったくらいなら適当にごまかせるかもしれないけれど、この奇妙なミステリーサークルまで私たちの仕業だと思われてしまったら、怒られるだけでは済まないかもしれない。そう考えると、私は気が気ではなかった。
スダチくんは大股で歩きながら、ミステリーサークルの真ん中の辺りに立った。振り返りながらのんきに手を挙げる姿に、私はこらえきれず「急いで!」と叫んでしまう。すると、スダチくんは突然「あっ」と声を上げながら足元を見下ろした。

「何かある!」
「えっ!」
「硬いぞ……」
探るように足踏みをしている。やがてその場に屈むと、倒れた稲をかき分けて、泥の中に両手を突っ込んだ。
「なんだこれは!」

スダチくんは石のような物を持ち上げた。大きさは料理鍋くらいだろうか。軽々と持ち上げているから、石ではないのかもしれないけれど、田んぼにあんな大きなものが落ちているのは、確かにおかしい。
「気をつけて!」
スダチくんは興奮した様子で走るように戻ってきた。両腕がふさがっていて危なっかしく、私はまたもやひやひやとした。
謎の物体は泥まみれで、近くで見ても何か分からなかった。私は引っ張るようにスダチくんを連れ出すと、スダチくんの家の裏庭で物体を洗った。

「木、かな?」
「所々光っているようにも見えるね」
水を張った水道に物体を浸しながら、スダチくんが言う。私には水滴が輝いているようにしか見えないけれど、スダチくんは超自然的な何かを感じているようだった。
泥が落ちて姿があらわになるにつれ、私は滑らかな質感と木目のような模様から、流木ではないかと思った。しかしスダチくんの指摘を聞いていると、確かにただの自然物ではない、未知の物体のように思えてくる。

「やはりUFOの遺留品……いや、彼らからのメッセージかもしれない」
「メッセージ?」
「近頃UFOを頻繁に呼んでいたから、あっちからも接触を求めてきたんだよ。これを落としたのも、偶然ではないと思う」
だとすればどんな意味が込められているのか。スダチくんはそれ以上何も言わず、UFOの遺留品を部屋にしまうと、私を家まで送ると言った。

辺りはいつの間にか、昼間と変わらないくらい明るくなっていて、雲一つない空が日中の厳しい暑さを予感させる。国道の方から忙しそうな車の走行音が聞こえてくるが、こちらは依然として静かで、私たちは道を独占するように並んで自転車を走らせた。
毎日通っているはずの通学路の景色が、まるで初めて通る道のように、鮮やかに目に映る。慣れない早起きをしたせいか、それとも二人でいるせいなのか、いくら考えても答えは出なかった。

つづく

 

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