これから夏が訪れる|07

これから夏が訪れる|07

夏休みが月末に迫っていた。学校では多くの生徒たちが、毎日のように休暇中の予定を話し合っていた。海がいいか山がいいか、彼氏、彼女とどこへ行こうか、耳に入るのはそんな話ばかりで、勉強に熱心な生徒たちは「なに浮かれてんだよ」とでも言いたげな冷ややかな視線を送っていた。

私は相変わらず、学校にいる大半を一人で何もせずに過ごしていた。夏休みに一緒に出掛けるような友達もいないし、かといって勉強する気にもなれないし、そんな中途半端な私はこうして教室の隅でぼーっとしているのが、誰からも興味を持たれないでいられる、唯一の方法だったから。

昔は夏が一番好きな季節だった。日に焼けるのも土に汚れるのも構わず、田んぼでザリガニを釣ったり公園で木に登ったり、近所の友達たちと一日中外を走り回っていた。自宅から子供が歩いていける距離なんてたかが知れている。けれど、同じ景色の中を動き回っているにも関わらず、毎日が新しい冒険の始まりのように、心をときめかせた。青々とした森も透き通るような空も、信じられないくらい鮮やかだった。

今では夏が近づいて、町や人々が活気づいてくるほど、自分がみじめだと思い知らされ、孤独に突き落とされるような気持ちになる。
私は空気が読めないタイプではないし、気遣いだってできない訳じゃない。小学生の頃は友達だって多かったし、というかあの頃はクラスのみんなが友達のようなもので、数なんて気にしたこともなくて、その頃から自分の性格が大きく変わったとも思っていない。

それなのに、一体いつからこんな気持に苛まれるようになったのだろう。中学に上がったとき、それとも高校に上がったとき? どちらも環境が大きく変わるできごとだったけれど、それだけが原因のようには思えない。
年齢を重ねるごとに今の気持ちが膨らんでいくのだとしたら、私はいつか水が蒸発するみたいに、消えてなくなってしまうのではないか。

「ちょ、ちょっと、放してくれよ」
廊下からスダチくんの声が聞こえた。誰か生徒と話しているようだが、雰囲気が穏やかじゃない。私は立ち上がると、耳を澄ましながら教室のドアに近づいていった。
「や、やめてくれないか。これは大事なものなんだ」
「なんだよ。気になるじゃん」
「そーだよ見してくれよ。それとも、なんかマズイ物でも入ってんの?」

「そうじゃない……。で、でも、見せられないんだ」
ドアの隙間から廊下を見ると、スダチくんと二人の男子生徒――坊主で側頭部に線が入っているのと長い髪を逆立てたコンビで、毎日のように揃って遅刻してくることで有名――の姿が見えた。
長髪がスダチくんのカバンを掴みながら、見下ろすように迫っていて、坊主がそれを見ながら笑っていた。廊下を通る生徒が何人もいたけれど、みんなそそくさと通り過ぎるだけで、声をかける者はいなかった。

私は静かにドアを開けた。心臓が悲鳴を上げていたけれど、何も考えずに廊下に足を踏み出した。
「……あの」
「ケチなこと言うなよ。ちょっと見るだけなんだからよ」
「優しくしてやってるからって、舐めてんの? マジで後悔するぞお前」
「あの!」

「……えっ? 俺に言ってんの?」
「嫌がってるんだから、やめてあげなよ」
「はあ? 急になんだよ。ってか誰よコイツ」
長髪が坊主の方を向く。

「知らねぇ。なに、お前ら付き合ってんの?」
私が答えないでいると、二人はその後もしばらく悪態をついていたけれど、みるみるうちに白けていくのが分かった。長髪はスダチくんのカバンから手を離すと、坊主の肩を叩いた。
「行こうぜ。飽きたし腹減ったわ」

「どうせエロ本だろ。俺は眠くなってきた」
二人はわざとらしくそう言うと、私たちなど存在しないかのように、どかどかと教室に戻って行った。スダチくんとは違うクラスらしく、私はほっと胸をなで下ろした。休憩時間がまだ五分ほど残っていたので、私はスダチくんを連れて屋上に向かった。

「ごめん、ハヤシさん……」
スダチくんはフェンスに背中を押し付けながら崩れるように腰を下ろすと、虫のような声でそう言った。不良たちの前で何もできなかった自分を情けなく思っているのかもしれないけれど、私はそんなことには興味がなかった。
「気にしないで。あいつら、しつこくなくてよかったよ」

「僕はいつもああなんだ……」
「そんなことより、あまり見せられないような物は持ってこない方がいいよ」
どの口が告げるのかと言った直後に気づいたが、私はもっともらしい顔を崩さなかった。
「ハヤシさんには内緒にしておこうと思ったんだけど、やっぱり言っておくよ」
「え?」

スダチくんはそう言ってカバンを開けた。中身が気にならなかったと言えば嘘になるけれど、あまりにあっさりと見せられてしまい、私は拍子抜けした。
「あっ! それって……」
「そう。こないだのUFOの遺留品さ」
「どうして持って来たの……」
「明日、僕はついにUFOと接触するんだ。それを考えたらどうしても我慢できなくて、つい持ってきてしまったんだ」

「明日って学校休みだけど、どこか違う場所でやるの?」
「いや、場所はここなんだ。色々と理由があって、明日の夜じゃないといけないんだ」
「しかも夜って……誰かに見つかったらどうするの? 私怖いよ」
「今回は、僕一人で行くから大丈夫だよ」
「そんな……」

私は絶句した。UFOの存在を心から信じていた訳じゃない。けれど、それでもスダチくんに協力して、同じ目標に向かって進んできたつもりだった。
UFOの写真が撮れた時、私のおかげだってスダチくんは言ってくれた。それ以降、二人で何度も異星人に向かってメッセージを飛ばした。遺留品だって一緒に取りに行った。それなのに、最後の最後に置いてきぼりにされるなんて、納得できない。

「この遺留品を使えば、明日は異星人たちと直接コンタクトできるかもしれないんだ。でも、彼らが僕たちに対してどのような感情を抱くかは分からない。もしかしたら危険が伴うかもしれない。だから、ハヤシさんを巻き込んだら大変だから……」
私は肩を震わせながら、スダチくんの胸元をじっと見つめた。

「ご、ごめん……」
「……嫌だよそんなのっ!」
思いのほか大きな声が出てしまい、スダチくんが体をのけ反らせる。
「今まで一緒にやってきたのに、そんな、最後だけ勝手なことして」
「いやっ、でも、今回は本当に危ないから……」
「それに、スダチくんのことほっとけないよ。私がいなかったら失敗するかもしれないじゃない」
「確かに二人でやった方が確実だとは思うけど、でも……」

「スダチくん。私も連れて行って」
「そんな……」
私はスダチくんの前にしゃがむと、何も言わずに顔を見上げた。スダチくんは目を合わせようとせず、肩を抱いたり頭を掻いたり、しばらくの間そわそわしていたけれど、やがて諦めたように口を開いた。
「……わ、分かったよ」
チャイムが鳴った。私たちは昼休みにまた来る約束をすると、屋上を後にした。UFOの遺留品が入ったカバンは、明日まで用具入れの中に隠しておくことにした。

昼休み。私たちは屋上で、明日の計画を話し合った。ついさっきまで、私が来ることをあれほど渋っていたのに、スダチくんは一度口を開くと、待ちきれないと言った様子で、スラスラと計画を話してくれた。夜の学校に忍び込むなんて、一人ではやっぱり不安だったのかもしれない。
「それじゃ、もう一度確認するよ」
「うん」

「明日は夜の十時に校門前に集合。柵を登らないといけないから、動きやすい恰好で」
「どうしよう。制服でいいかな」
「僕は制服で行くよ」
「じゃあ私もそうする」
休日とはいえ、学校に私服で入るのは気が引ける。それに何かあった時のことを考えると、制服でいた方が話が早い気がする。

「持ち物は、非常時に備えて懐中電灯と電子ベル。ハヤシさん、前に学校で配られた防犯ベル持ってる?」
「捨ててはいないと思う」
「そっか。じゃあ忘れないようにね」
懐中電灯は足元を照らすためではなく、あくまで非常用だ。屋上に辿り着く前に警備員に見つかっては元も子もない。

明日は満月らしいけれど、いくら月が明るいとはいえ校舎の中は真っ暗だろう。非常灯のわずかな明りを頼りに進まなければいけないのは大変そうだけれど、ちょっとした冒険みたいでわくわくする。
「屋上に着いたら、遺留品を真ん中に置いて、いつものように儀式を行う」
スダチくんは用具入れを指差しながら言った。

「三回やってもだめだったら、やめにして帰るのね」
「うん。その時は仕方ない。僕も諦めるよ」
そう言いつつも、スダチくんの眼には決意の色が浮かんでいる。私はその瞬間、あることに気がついた。
もしもUFOが現れなかったら、スダチくんは儀式をやめて、屋上に来なくなってしまうのだろうか。もしもUFOが現れたら、本当に異星人のもとへ旅立ってしまうのだろうか。
いずれにしても、私はまた一人に……。

本当は儀式を行っているときから気づいていた。けれど、いつまでも同じ日々が続いていくような気がして、ずっと考えることを避けていた。代わり映えしない毎日にスダチくんが突如現れたように、同じ毎日がいつまでも続くなんて、あるはずがないのに。
チャイムが昼休みの終わりを告げた。私は魂を失った抜け殻のような状態で午後の授業を過ごし、気がついたときには自転車に乗って帰路についていた。

ふらついていたせいで何度かクラクションを鳴らされたけれど、どこか遠くの出来事のようで実感がなかった。部屋に入り死んだように布団に倒れる。目をつむるとすぐに眠気がやってくる。私は着替える気力も立ち上がる力さえもなく、明かりを点けたまま眠りに落ちていった。

つづく

 

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