モモと三つのお願い事 | 02

モモと三つのお願い事 | 02

マナミちゃんと別れた後、すぐに家に帰る気にもなれなかった私は、商店街にやって来た。特に用事があった訳ではない。ただなんとなく、部屋でひとりになるのが嫌だったのだ。
思ったより人通りが多く、歩きづらい。ランドセルを背負っているせいかもしれない。
人混みを避けるようにメインロードから外れると、路地裏を当てもなくさまよった。しばらくして、ふと、あるお店の前で立ち止まった。

「マミヤ骨董店?」
聞いたことのないお店だが、金色の草模様に縁取られた古風な看板に、目を惹かれた。木製の重たそうな扉に、「閉店大セール」と書かれた紙が、でかでかと張られている。
気になった私は、窓の前に立って中の様子を眺めようとした。しかし、ガラスが曇っているせいで、いくら目をこらしてもぼんやりとしか見えない。あきらめて立ち去ろうとしたとき、背中に声がかかった。

「いらっしゃいませ、お嬢さん。なにか気になる物でもありましたか?」
振り向くと、扉の前にひとりのお爺さんが立っていた。黒っぽい服に蝶ネクタイをしめ、真っ白い手袋をしている。ぺったりとなで付けられた髪が銀色に輝いていて、いつかテレビで見た、奇術師の姿を思い出した。
「あ、いえ、ちょっと通りかかっただけなんです……」

「よかったら中へどうぞ。そこでは落ち着かないでしょう」
「でも私、お金とか持ってないです」
「かまいません。最後に、ひとりでも多くのお客さんに見て頂きたいのです」
お爺さんはそう言って、流れるように手を招いた。その動きがあまりに美しくて、私は吸い込まれるように店内に足を踏み入れた。

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「それでは、ごゆっくりどうぞ」
お爺さんはそう言ってカウンターの奥に消えた。
柱時計のコチコチという音が響いている。お客さんの姿はなく、騒がしい外がうそのように、店内はとても静かだった。古い紙の匂いが漂っている。壁際に並ぶ棚も、所狭しと置かれた怪しげな品物も、みんないかにも古そうだった。

私は、近くの棚から順番に見ていくことにした。時計、ハンカチ、フラスコ、オイルランプ、貴族が使うような派手な食器……など、様々な物があり、どれも外国の品物のように見えた。
しかし、よく見ると値札が付いていない物がある。並べ方もてきとうで、同じような品物があっちにもこっちにも置かれている。棚づくりや陳列には、あまり頓着がないのかもしれない。

一通り眺めた後、カウンターの近くで足を止めた。そこには剥製が置かれていた。ガラス製の箱の中に綿が敷き詰められていて、中央にカエルのような生き物が収まっている。大きさはちょうど手のひらくらい。生きてはいないのに、艶のある緑色の背中が今にも動き出しそうに見えた。

「それはプリエーフロッグと言う、とても珍しいカエルです。お嬢さん、お目が高い」
いつの間にかお爺さんがカウンターに立っていた。突然のことにうろたえながら、私は言葉を繰り返す。
「プリエーフロッグ?」
「アルプスの祈祷師が、出家前に力を託したカエルです。見た目はただのカエルですが、彼らは願いの数だけ命を持っているのです」

「普通のカエルと、なにか違うんですか?」
「お嬢さん。あなたに、どうしても叶えたい願いごとはありますか?」
お爺さんの言葉に、真っ先に来週の遠足が思い浮かぶ。二班のみんなと行動を共にするなんて、私にできっこない。嫌だ、どうしても行きたくない。遠足なんて、なくなってしまえばいいのに!
「願いごと……あります」

「プリエーフロッグなら、お嬢さんの願いを叶えることができます。さあ、手を出して」
言われるままに両手を差し出すと、手のひらにそっとカエルが置かれた。カサカサとした手触りで、見た目よりずっと軽い。生き物に触るのは得意ではないが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「彼らは水を得る事で息を吹き返します。そうすれば、お嬢さんの願いも届くでしょう」
「でも、これって死んでいるんじゃ……」

唐突に、お爺さんがカウンターから立ち上がる。扉を開け、空を見上げながら顔をしかめる。
「雨が降り出しています。強くならないうちに、帰った方がよさそうです」

今日は傘を持ってきていない。私は慌てて外に出ると、お爺さんに向かって一礼し、家に向かって駆け出した。
カエルを胸に抱きながら、お金を払わなくてよかったのだろうか。などと考えたが、みるみるうちに雨脚が強くなり、すぐにそれどころではなくなった。

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「びしょ濡れじゃない、まったく」
水を吸って重くなった靴を脱ぐと、お母さんの脇をすり抜けて、階段を駆け上がる。
「ショウコ! あんた家の中まで、びしょびしょにする気?」
部屋の扉を勢いよく閉めると、ベッドに飛び込んだ。家はペット厳禁なのだ。剥製とはいえ、カエルが見られでもしたら、なんと言われるか分からない。

そっと手を開き、カエル――プリエーフロッグを見つめる。水に濡れたせいか、背中がいっそう艶やかに見える。机の引き出しにカエルをしまうと、靴下を脱いで洗面所に向かった。
「おまえ、そんなに濡れて風邪ひくなよ。風呂入って、あったかくしとけよ」
バスタオルで髪を拭いていると、お爺ちゃんがやってきた。お母さんから愚痴を聞かされて、様子を見に来たのだろう。
「お爺ちゃん来てたんだ。なにかあったの?」

「婆ちゃんが煮物をつくり過ぎてな。おすそわけに来たんだ。しかし、この天気じゃ帰れねぇなぁ」
お爺ちゃんの家は、歩いて十五分程の高台にある。散歩好きなお爺ちゃんには丁度いい距離なのか、なにかと理由をつけて、週に一二度はこうして家を訪れるのだ。
「ところでおまえ、台所に筆、置きっぱなしにしてただろ。筆架を使えっていつも言ってるだろ」
「あれ、そうだったかな……」

「どんないいもんも、カビが生えちまったら終わりだ。ちゃんと手入れしとけば、お前が大人になるまでだって……」
「わ、分かったよ! 着替えるから、出てって出てって!」
いつものお説教が始まる前に、私はお爺ちゃんを追い出した。

お爺ちゃんは、かつては書道の先生だった。今でも学校や町役場から、卒業証書や表彰状などの書の依頼を受けている。私がお爺ちゃんに書道を習い始めたのは、小学校一年生の時だ。習い事は他にも経験があるが、続いているのはこれだけだった。

つづく

 

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