モモと三つのお願い事 | 03

モモと三つのお願い事 | 03

夕飯を食べ終わる頃には雨も止み、お爺ちゃんを見送った私はベッドに横になりながら、マミヤ骨董店のことを考えた。
先ほどは、お店の雰囲気にのまれて気づかなかったけれど、店主らしきお爺さんはちょっと変わった人だと思う。身なりも物腰もちゃんとしていたけれど、どこか違う時代からやって来たような、奇妙な違和感があるのだ。お嬢さん、なんて呼ばれたのも初めてだし。それに、カエルの剥製が願いを叶えるなんて、小さい子向けの絵本じゃあるまいし、なんだかからかわれたような気分だ。

悶々とした気持ちでベッドから降り、机の引き出しをらんぼうに開けると、小さな顔がこちらを向いていた。
「やあ。真っ暗なもので、井戸の中にでも放り込まれたのかと思ったよ」
私は「ひっ!」と声にならない悲鳴を上げると、引き出しを閉めると同時に、その場に尻餅をついた。

机の中にはカエルがいた。先ほど自分でしまったのだから当然だ。しかしたった今、剥製だったはずのカエルと、目があった気がする。声が聞こえた気がする。
私は頭を振り、ゆっくりと立ち上がると、爆弾にでも触れるかのように、恐る恐る引き出しに手を伸ばした。
「ずっとずっと眠っていたんだ。もう暗いのは沢山だよ」
カエルはそう言って、ぴょこんと机の上に飛び乗った。あまりのことに、開いた口がふさがらない。

「えっ、えっ? なんで……」
「あれれ? 君が水をくれたんでしょ。僕を貰うときに聞かなかった?」
骨董店のお爺さんは、「彼らは水を得る事で息を吹き返す」と言っていた。だとすれば、ついさっき雨に濡れたせいだろうか。しかし、まさか本当に生き返ってしまうなんて。
「……私の、言葉が分かるの?」

「もちろんだよ。だってそうじゃなきゃ、君の願いを聞けないでしょ?」
カエルはそう言って部屋を見回した。ポスターもぬいぐるみもない殺風景な部屋だが、カエルは満足げに頷くと、私を見上げた。
「ねえ、抱っこしてよ。それで、君の話しを聞かせて」

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 カエルは名前を「モモ」と言った。私はモモに、家族や学校生活について包み隠さず話しをした。お母さんにもマナミちゃんにも言えないようなことが、今日会ったばかりのモモには、なぜかすらすらと話すことができた。
モモを抱いていると、せきを切ったように言葉があふれて来る。誰かとふたり(ひとりと一匹?)きりで、こんなに長いあいだお喋りをしたのは、初めてかもしれない。
私は時間さえ忘れて、モモと話し続けた。

「ショウコは遠足が嫌なんだね」
「うん。例えばだけど、遠足を中止にするなんてこと、できるのかな?」
モモたちプリエーフロッグは、水を与えて眠りから覚ました者の願いを、三つ叶えることができるらしい。死者を蘇らすとか、地球を真っ二つにするとか、そんな大それたことでなければ大抵の願いは叶えられると、モモは言っていた。

「簡単だよ。当日に雨を降らせればいいんだ」
「そんなこと、本当にできるの?」
「一つ目の願い事、試してみる? 頭の中で想像を膨らませて、僕に言ってくれればいい」
モモがそう言って、腕の中で私を振り返る。あまりに平然とした様子に、私はつい頷きそうになり、慌てて首を振った。遠足を楽しみだと言った、マナミちゃんの姿が頭に浮かんだからだ。

私ひとりのわがままにみんなを巻き込むなんて、絶対にいけないことだ。
「さては、僕のことをまだ疑っているね?」
「そうじゃないの。だけど……」
「それじゃあ、ショウコが今食べたいと思うものを言ってごらん。何でも出してあげる。一つ目の願い事は、それでどうかな?」
「あ、それはいいね!」

私の頭に浮かんだのは、去年の誕生日にお母さんが買ってきてくれた、苺のケーキだった。隣町のシャトレーというお店のもので、今までに食べたことがないくらい、おいしかったのだ。
「さあ、決まったら言ってごらん」
「……シャトレーの、苺ケーキが食べたい」
私が呟くと、モモの体がぽわんと一瞬だけ光に包まれた。驚いた私はモモを手放してしまう。くるりと一回転しながら、モモがカーペットに着地する。

「あっ、ごめんモモ!」
「これくらい、なんてことないさ。それより、机の上を見てごらん」
モモを抱えながら顔を上げた私は、思わず息を飲んだ。机の真ん中に、フィルムに包まれた苺ケーキが乗っているのだ。
「うそ……。さっきまで、なにも無かったのに……」

「さあ、お皿とスプーンを持ってこよう!」
お父さんもお母さんもとっくに眠っている。音を立てないように注意しながら、一階から食器を持ってくると、私はおずおずとケーキを口に運んだ。
「同じ……誕生日に食べたのと同じだよ。本当にシャトレーのケーキだ。モモ、すごいね!」
「ふふん! これが僕の力さ。ところで、僕にも味見をさせてもらえないかな?」

カエルがケーキを食べても大丈夫なのだろうか? 私の心配をよそに、モモは目を細めながら、実においしそうにケーキを頬張っている。やっぱりモモは、ただのカエルとは違うみたいだ。
ケーキを食べ終わる頃には、すっかり夜も遅くなっていた。こんなに夜更かしをしたのは初めてだ。このままずっとモモと話をしていたいけれど、明日も学校がある。
私は目をこすりながら口を開く。
「モモ。二つ目のお願い事、してもいい?」

机の上から、本棚を眺めていたモモが振り返る。
「ケーキを食べたら、今度は飲み物が欲しくなっちゃった?」
「ち、ちがうよ」
「ふふ、冗談! でも、願い事はあと二つしか叶えられないから、よく考えてね。後悔だけはしてほしくないんだ」
「うん、分かってる。どうしても今、お願いしたいことがあるの」

「そっか。願い事はなんでも自由だよ。さあ、言ってごらん」
私は深呼吸をする。心臓の音が、トクトクと胸に響いている。
「……モモ、私と友達になってほしい」
「えっ……」
モモの体が光に包まれる。光が消えると、モモは呆然とした表情で私を見上げていた。

「そんな、友達だなんて……」
「嫌だった?」
モモが大げさに首を振る。
「ちがうんだ。そんなお願い事、聞いたこともなかったから……。ショウコと友達になれるなら、僕も嬉しいよ」

モモを抱えて頬ずりをする。モモの頬は湿っていて、殻を剥いたばかりの卵のようだった。モモを胸に乗せて布団に入る。モモはずっと、笑いながら泣いているような、そんな不思議な表情をしていた。

つづく

 

 

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