夏の終わりはいつもさみしい

夏の終わりはいつもさみしい

今日は9月1日。昨日から異様に涼しいこともあって、すっかり夏が終わってしまったような寂しさに襲われている。

7月いっぱいで退職し、8月からは色々と新しいことを始めた。ブログやウェブサイトだったり、一眼レフを買って写真を撮り始めたり。慣れないことばかりで準備に手間取ってしまったけれど、ようやく自分が活動する土台ができてきたかなぁと思っている。

 

お祭りに感じる懐かしさ

といってもほとんどは家の中でパソコンを前にしての作業になるから、あまり夏らしいことはした記憶がない。真夏のうちに一度は湘南の海に行きたい、と思っていたのだけれど果たせず、花火も見ていないし、綿あめも食べていないし……

あ、でもお祭りは一度だけ行ったよ! 神社の敷地で行われた小さなお祭りだったけれど、浴衣の人が多くて季節が目に飛び込んでくるようだった。

お祭りに行くと、いつも食べてばかりで終わる。小さいころは、人並みに射的や金魚すくいなんかもやったけれど、大人になってからは夏を感じるために行っているような気がする。

揺れる風鈴、屋台から流れてくる熱風、原色のような浴衣、だれが買っているのか分からないお面……。こんな沢山の騒々しさと人ごみで歩きにくい中に、友達や家族とはしゃぎまわっていた時の懐かしさのようなものが、存在しているのかなぁと思う。

 

忘れられない湘南の海

夏になると神奈川県茅ケ崎市の海を思い出す。正確には思い出すというより、水面下でくすぶっていたのが浮き上がってくるといった感じかもしれない。

湘南には7年住んでいて、この間に数百回は海を見に行ったと思う。しかし、泳ぎに入ったのは両手で数えるほど。

体が浮きづらくて苦手というのもあるけれど、広い海や堤防でのんびり釣りをしている人なんかを見ると、何事もゆっくりしかできない自分が「それでもいい」と、言ってもらえているような気がして安心するから。(我ながら月並みすぎる)

お盆を過ぎるくらいから、海にはクラゲが現れる。湘南のビーチも徐々に観光客が減り、波を求めるサーファーたちが戻ってくる。

ビーチの手前には倉庫があって、海の家となる資材がしまわれている。7月になると、海開きに向けて組み立てが始まる。今年もきっと、厳しい日差しを跳ね返すように活気に満ちていたに違いない。そんな海の家も、今頃はもう片付いてしまっただろうか。

 

写真を撮りに多くの場所へ出かけた

今年の夏らしい一番の思い出は、写真を撮りに様々な場所に出かけたことだ。リュックは重いし、どこに行っても蒸し暑いし、沢山汗をかいて季節を肌で感じた。実際半そで焼けしてしまったし。

歩いた場所は、東京(新橋、秋葉原、お茶の水、丸の内、日本橋、北千住、原宿)・埼玉(吉川、越谷)・千葉(我孫子、松戸、新松戸)・茨城(土浦、神立)など。

こうして書きだしてみると、今までの自分からは考えられないくらい、沢山の地域に足を運んだ。8月の初めの頃は、退職のストレスなどもあってか少々夏バテ気味だったが、以降は体調を崩したりもせず、かなり行動的になれた気がする。

理由は人生初、一眼レフカメラを買ったからに他ならない。当初は大きな出費にしり込みもしたけれど、まるでカメラにせがまれるように行きたい場所が次々と浮かんできて、出不精な自分が信じられないくらいだった。

曇りが多くて、天気に恵まれなかったのが残念だったけれど、ハードディスクがいっぱいになるくらい写真を撮れた。技術は相変わらずだけれど、かなり練習になったと思う。

SNSなど公開する手はずも整ってきたので、これからバシバシアップしていきたいと思う。

 

これからもマイペースにやってくよ~

今の僕は世間的に見ればかなりの暇人だと思う。しかし様々なメディアで情報をチェックしたり、SNSを更新したり、文章を書いていたりすると、不思議なくらい簡単に一日が過ぎてしまう。

瞬く間に一日が終わるのだから、夏だってそうに決まっている。

嘆く必要なんてない、当たり前のことだ。なんてちょっと強気になってみたけれど、やっぱり涼しくなりかけの季節は寂しい。

9月になったとは言えまだまだ暑いのが常なんだから「厚い雲を蹴散らすくらい、太陽もうしばらく頑張ってくれ~!」と、空に向かって叫んでおく。

 

 

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